七月二日、Nimes, Ales, Arles、割と散々な一日

2009.07.09

朝、きちんと朝食を採り、荷物を纏め、モンペリエを出る。荷物を背負おうとすると、非常に痛い。今は座った状態で無いと荷物を背負う事も侭ならない程になってしまった。何とか気合で痛みを和らげるも、痛い物は痛い。

モンペリエからニーム(だろうか、何と読むのか判らない地名が多い)へ向かう。

十二時頃にニームに着いたは良いのだが、その町のユースホステルは駅から4kmの場所に在る事が判った。別に歩けないことは無いのだが、正直面倒だ。其れならばこの町は半日観光にして、次の目的地であるアルレス(此れも良く判らない)で泊ろう、と考えた。

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駅。ヨーロッパの駅は大抵似ているなぁ、と想うので大抵写真を撮らない。

取り敢えずは荷物を置ける場所を探す序、途中にあるコロシアムを訪れることにする。コロシアムと云うか、アリーナなのか?Place des Arenesと云う名前だった。

其処を訪れたは良い物の、荷物を置く場所が無いと云う。ツアリスト用のオフィスなら置かせてくれる筈、と云うことだったので、其処までおちおち歩いて行く。肩が妬ける様にして痛い。

オフィスまで何とか到着し、荷物を置かせて貰う。其処からは身軽になったので、幾つかの観光名所を廻ることにした。

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取り敢えずツアリズムオフィスの近くに有った建造物。何と呼ぶか忘れた。そして地図に名前が書いていない。ミスプリント臭い。建物の中に入ろうと想ったのだが、中は映像を公開しているだけらしい。折角なのでチケットを購入して、二十分余りの映像を見る。

映像は偏光グラスをかけて見る、3Dモノだった。まぁ、正直態々金をかけなくても良かったかな、と想った。

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うろうろしていると見つけた看板。日本語のフォントだけやたら可愛らしい。ちょっと中国語のフォントっぽい。

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町を歩いていると美術館を見つけたので、入ることにする。

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中は図書館と一緒になっていた。

受付に居た男性にチケットを求めたのだが、暫く他の受付tと話をしていた。何かと想っていると、良く判らないのだが無料で這入る事が出来た。

展示自体は、常設展に加えて、ポスターに書かれている画家の作品だった。

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常設展の中では一番気に入った作品。Bernard Frize / Romi

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Valerie Favre / Balls and Tunnels

特別展の中では、彼女の書いた抽象画が印象に残った。作品自体は両方とも非常に大きく、3m×2m程あるような大きさだ。特別展の作品は七枚程並べられた中の一つで、これは一番気に入った作品では無かったのだが、内部は撮影禁止だったので、冊子に載っていた作品を後で撮った。

・Valerie Faureの見る世界は夢の中の様である。時にロマンチックで在りながら、グロテスクでシュールな世界観。人間の本質部分に迫る様な、深く醜い穴がぽっかりと空いている。時に其れは余りにもリアルに、実体感を伴って現れる。

常設展に在った作品は、イマジネーションをそそる様な処が好きだ。繁る森を遠くまで見渡した様にも見えるし、ファンタジー世界の街々のようにも見えた。

美術館を出る。

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公園では老人達がJeiu de boules(ジュドゥブン、game of ballsとか何とか)に興じていた。日本で言うところのゲートボールだろうか。老人だけでなく、時々若者も混ざっているのが面白かった。ルール的にはボーラード(ボウラード?)見たいな感じかな、と想った。ボウラードはニュージーランドに居たとき授業でやったなぁ、と、何となく想い出した。

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ぶらぶらと町を歩き、ローマ時代から在る(のだろうか)公園に入った。非常に広く、噴水も有って、良い公園だった。

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昔の教会か何かだろうか。

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こう云ったものを見るときは、想像力が大事である。大昔に人々がどういった生活を送ったのか、其れを考えると、面白くなる。そうでない限り、唯の岩の塊だ。

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その後もう一つの場所へ向かおうとしたのだが、辿り着けなかった。その代わり昔からある建造物を使って、大学に建て変わった場所へ辿り着いた。見た目はこんな感じだが、中は大学である。

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外もこんな感じだが、中は大学である。

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その後、チケットも先に購入している事だし、そろそろコロシアムへ這入ろうかな、と想い町を駅の方面へ下って行ったのだが、閉まっていた。もう一度云おう。閉まっていやがった。

普段は十八時まで空いているらしいのだが、今日は偶然コンサートがあるらしい。その準備の為、十五時で閉まることになっていたらしい。チケットを購入して、這入れず。何と無意味なことか。とは云え愚痴を云っていても仕方が無い。時間的にも丁度良かったので、またツアリズムオフィスに戻り荷物を受け取り、駅まで歩く。

駅でチケットを購入し、出発まで一時間程待ち呆ける事に。この時は一切気付いていなかったのだが、実はこのチケット、Ales行きである。Arlesが目的地であり、Alesは別の町田。チケットを購入するときに僕は「アレス(英語読み)行き下さい」と云ったのだが、其れはArlesでは無くAlesだったのだ。知るかそんな事!

兎に角何も知らない無知な僕は大人しく電車に乗り込むのであった。因みにこの時、一度Arles行きの電車に乗ろうとしている。が、電車のナンバーが違ったので、乗らなかったのだ。そう云う細かい点に気づいて、何故チケットの目的地を確認しないのか…。と、後日の僕は云っている。

電車で一時間程かけ、アレス、Alesに到着。取り敢えず地図を貰うため、チケット売り場へ向かう。其処で地図を貰った際、受付の男性が何処へ行くのか声を掛けてくれた。地図をくれたのは別の女性である。

実際声を掛けられていなければ大抵自分で探そうとするので、彼には感謝しないといけない。ユースホステルを探しているのだと云うと、住所は何処だと聞かれた。憶えては居ないので、フランスのユースホステルが全て記載された本を見せると、彼が一言「あー、Rが抜けてるね」と。

ん?R?と想いながら聞いて見ると、AlesとArlesはR一つ違うだけで、全く反対方向に在るのだと云う。チケットを見せると「あー…。」って云う顔をされた。あははははは、違う町なら仕方ないよねー。と想いながら、Arles行きのチケットを購入。最終便だった。因みにニームからアール(Arles)迄は?3.8。間違えてAlesまで来た所為で、往復?15くらい失った。まぁ、この程度で済んだから良かったか…。と想いながら、違う電車に乗ってれば良かったのか…。と想った。相変わらず、余り運が無い。

Alesは駅だけ見て退却。どうせなら格安のホテルが在るか如何かだけでも聞けば良かったかな、と想った。想った時にはもう電車の中だった。

Alesの売店に居た女の子が可愛くて愛想が良かったので、その笑顔を見る為だけに来たと思えば高くない!と自分に云い聞かせ、ニームへと戻る。往復の電車賃差額、?15程。女の子の笑顔、プライスレス…。くそう、マクドのスマイルは無料だって云うのに…。高価な笑顔だ…。

その後一旦ニームで一時間程待った後、電車に乗り、今度こそアールへ。無駄に長い電車の旅だったが、綺麗な夕焼けが見れたのが笑顔に続くもう一つの救いである。

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ニームに二度目のさようなら。

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空が夕闇に包まれていく。薄紅色をした、薄く延びた雲の手前に、未だ白く残る雲の塊が見える。雲が見える辺りの空はまだ水色を残し、紅く染まっては居ない。地平の近くの空はもうすっかり紅く染まっている。薄紅色をした雲と、白く輝く雲と、空の青さを残す隙間。夕暮れと夜の間の景色だった。

陽が落ちるに従って、紅色はその濃さを増す。空色と紅色の境界線が曖昧に消えて行き、夜になる。空は色を変える訳では無い。ただ光を失い、暗闇に成るだけだ。然し今宵は完全な暗闇には成らないで居る。月を介した光が空を照らし、薄明るい群青色に染めている。

薄明るい群青色から、深く眠る紅色までのグラデーションが、酷く綺麗だった。樹々の姿がシルエ ットとなり、現れては消える。紅く燃える太陽の名残が、少し感傷的だった。

やはり言葉は想い付いた時に綴るべきである。後になって想い出しながら書いたとしても、其れは其の時に想い描いた世界の半分にも満たない。そして曖昧と為る。

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着いた頃には真っ暗だった。地図も手に入らないので、やはり夜に到着するのは余り得策ではない。取り敢えず駅にある地図を出来るだけ憶えて、方向感覚と勘を頼りに歩き出す。

途中でぐるぐると回ってしまい、方向感覚が曖昧になってしまった。仕方ないので閉まり掛けのレストランに入り、店員さんにホステルの場所を尋ねる。偶々か、其れとも常にか、そのレストランには地図が置いてあったので、其れを貰い、ホステルを目指す。地図さえあれば何でも出来る!

と云う訳で三十分程歩いた末、ホステルに到着。チェックインを済ませ、部屋に這入る。部屋にはドイツ人の先客が一名だけだった。

少しだけ其のドイツ人と話をしながら、荷物を広げて行く。取り敢えず着ていたシャツを脱ぎ、洗い、シャワーを浴びる。部屋に戻ってから暫くすると、ドイツ人の彼にロビーで暇潰ししないかと誘われた。断る理由もないので付き合う。

廊下に出ると、彼の知り合いらしい女性陣が三名。ベルギーから来ているらしい。

一緒になってロビーへ行くも、もうすぐ全ての鍵を閉めるということだった。まぁ少しだけ、と云うことで、大抵のホステルに置いてあるであろうサッカーのボードゲーム(よく考えたら何と呼ぶのか知らない)でがちゃがちゃと遊ぶ。割と白熱して終了。

その彼女等とは別れ、部屋に戻る。部屋に戻ってから暫くまた話をしていたのだが、其の時明日ビーチへ行くんだが一緒に来ないかと誘われた。ビーチか…。背中の日焼けが酷く痛いんだけどな…。と想いながら、取り敢えず考えて置くと返事をする。そう云う時は大抵行かなそうな物だが、結果的には行った。折角大人数でビーチへ行けるチャンスである。旅人には常に訪れる物でもないし、一期一会と云う言葉もある。結果的には、この判断が非常に好い物となった。

其れはまた、後日の話。歩き疲れた所為か、夜はすぐに寝ることが出来た。

七月一日、ビーチ、バー、モンペリエの夜

2009.07.08

元々モンペリエには其処まで長居する予定は無く、一日二日の予定だったのだが、結果的に三泊する形になった。と云うのも、電車とバスを乗り継いで約三十分、往復€2.6でビーチに行ける事が判明したからである。

朝、朝食を採る時間に起きる。最近は八時頃に目覚めるようになって来た気がする。良い兆候だ。

朝食後、十時前頃にホステルを出て、市内を走るトラムに乗り、その後バスに乗り換え、ビーチを目指す。

ビーチサイドの町に着いて、徒歩で十分程度。全く方向が判らなかったのだが、ビーチに行くんだろうな、と云う雰囲気の人々の後について行くと、見事辿り着くことが出来た。デジカメが壊れると困るので、写真は撮っていない。

今日も日差しが恐ろしい程強い。朝方だと云うのに割りと人が多かったので、出来るだけ人の少ない場所を選び、陣取る。取り敢えず海に入ってみたのだが、非常に冷たかった。とは云え慣れるまでの話なのだが、泳ぎに行くことが長い間無かったので、少し躊躇ってしまった。最初は適当に体を濡らすだけにして、砂浜に横たわり、日光を浴びる。

その後は暑くなったら海に入って少し泳いで、また横になって、本を読んだり、少し眠ったり。喉が渇けば買って置いた水をがぶがぶと飲み、水分を代謝させる。

途中一度完全に寝ていたので、体の前半分が非常に日焼けしていた。其の侭だと片面焼けになってしまうので、後ろも焼く。するとどうなるかと云うと、全身が日焼けでヒリヒリと痛み、次の日荷物を背負うときに死にそうな想いをすることになるので、余り焼きすぎるなよ、と次の日の僕は云っている。荷物の重さよりも何よりも、日焼けで痛い。顔が歪む。

十時半頃から居て、気付くと十五時過ぎになっていた。軽く四時間以上は居たことになる。然も日を避けるためのパラソルなんて持っているわけが無いので、その間は完全に日差しの下だ。そりゃ焼けるわ。

其れにしても、ビーチサイドで読む夏目漱石、夢十夜・文鳥は違和感がある。とてもじゃないが燦々と照り付ける太陽の下、読むべき本では無いと想った。ビーチサイドで太宰治の人間失格を読むよりかはまだ合っていると云えるが、其れは喩えが悪い。ビーチで読むならヘミングウェイ辺りだろうか。いや、其れも良く判らないが。と云うか、ビーチサイドに似合うような本など、日本でも持って居ないのだと気付いた。

しとしとと、雨音の聞こえる縁側で読むような本なら、山程有るのだが。

ホステルに戻ると、十七時頃になっていた。水着が無いので寝間着に使っているズボンを着て泳いでいたので、其れ等を洗う。シャワーも浴びて塩を落とし、未だ燦々と照り付ける太陽の下に干した。すぐに乾くだろう。

その後はネットを使おうと想ったのだが、やはり繋がらない。もう既に一週間以上web上に載せることが出来て居ないので、少し気懸かりである。何しろ長期間の日記を一度に上げた場合、それらは大抵の場合読まれること無く、無視される形になる。一日ずつ上げた場合でも無視されている可能性は非常に高いが、其れでも纏めて更新されるより、少しずつの方が読み易い事は確かだろう。其れに何より、一日分を上げるのにさえ時間が掛かると云うのに、一度に上げると非常に時間を食うのだ。好い事が一つも無いと云っても良いので、出来得る限り日常的に更新したいのだが、そうは上手く行かない物だ。

と云うか、マクドナルドのネットが悪い。と、無料で使える有り難いサービスに対して愚痴を云ってみる。何時も何も買わずに、外に座って使っている身分の人間が、云えた義理も無いのは百も承知だ。

何にせよ、ネットに繋がらなかった。仕方が無いので諦め、部屋に戻ってだらだらと過ごす。すると運悪く雨が降り出した。洗濯物を取り込んで、部屋で干す。

部屋に居た人間と話をしていると、話の流れで外に呑みに行くことになった。ハッピーアワーの話をしていたら、そうなった気がする。

十九時頃外へ出て、バーへ。その頃にはもう雨は止んでいた。初めはフランス人とメキシコ人と僕の三人で呑んでいて、途中からもう二人フランス人が加わる形になった。地元ではないにせよ、其の国に住む人間と話を出来るのは非常に嬉しい。

メキシコ人はフランス語を勉強中だったので、中々面白い話になった。フランス語の発音や、英語やスペイン語との共通点等々。音を真似して色々と話をしていたのだが、どうやら僕のフランス語は発音としては良いらしい。とは云え単語も文法も判らないので、コミュニケーションは取れない。少し勉強すれば話せる様になるとは想うが、辞書も何も無い。そしてもう少しすればスペインへ行ってしまう。然しフランス国外に居てもフランス語は勉強してみようかな、と想った。元々興味の有る言語だし、話す上で学ぶのは難しく無さそうだ。鼻を使ったような話し方は簡単ではないが、無理では無さそうだ。集中して聞き取れば、単語さえ判れば理解出来る。

教材は…。ううむ。ネットさえあれば何とかなるんだが。

バーで飲んだ後、ケバブショップで普段とは違う物を食べる。名前は忘れた。

食べながら夜の町を歩いて、公園の芝生に座って話をする。スペイン人はフランス語を勉強中で、フランス人一人は英語が堪能、他の二人は少しだけ話せる。僕は英語だけ。そう云う状態なので、全てがスムーズと云う訳には行かないが、非常に楽しかった。

特に酒を呑む感じでもなかったので、十一時半頃ホステルに戻り、眠る。

六月三十日、Alfons Mucha、市内散策、カフェバー

2009.07.08

朝、朝食に間に合うような時間に起きる。が、非常に眠い。とは云え朝食を逃すわけにも行かないので、顔を洗って目を覚まし、朝食。パンとコーンフレーク、オレンジジュース。

朝早すぎる時間に町へ出てもすることが無いのは判っているので、十時頃までのんびりと過ごす。十時になり、美術館を目指してホステルを出た。

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特に何をやっているかも知らない状態で行ったのだが、特別展としてAlfons Muchaと言う画家の展示が行われていた。初めて見る画家だったのだが、非常に良かった。1900年頃の画家で、油彩画よりもポスターのデザインなどを多く手がけた人らしい。

絵画と言うよりはイラストなのだが、非常に構成が確りしていて美しい。女性を描いたポスターが圧倒的に多いのだが、彼の描くイラストは非常に綺麗だと感じた。非常に緻密で繊細な表現で描かれた装飾具だったり、パターン的に描かれた植物や動物、そしてそれらをフレームで作り上げ、一枚のポスターが作品になっている。彼の書くフォントも綺麗だ。

きっと優れたデザイナーで有りながら、画家だったのだろうな、と想った。

此れまで、特別彼の展覧会が開かれたことは無かったらしい。偶然知ることが出来たのは非常に良かった。どちらかと云うと女性に好まれそうな絵柄なのだが、僕は非常に好みだ。

その後街の中心部にあるショッピングセンターに寄り、半ズボンを買う。ハーフパンツ?まぁ何でも良い。涼しいのが欲しくて仕方なかったのだ。と云うのも日本に居る頃からジーンズしか穿いていなかったので、そう云った涼しげな服は持っていないのだ。日本に居る間は引き篭もりなので何とかなるのだが、否が応でも外へ出ないといけない今の環境では、辛い。と言う訳で色々と店を見て、一枚購入。ベルト付きで?34だった。服は日本と比べても安いような気がする。結構おしゃれなシャツが?9で売っていたり、ポロシャツが?15だったり。生地も確りしていて、安物っぽい感じはしない。全体的にセンスのある服が売られているので選びやすいなと想った。

そう、フランスに来て想ったのは、アメリカやニュージーランドやその他の国々と比べて、結構お洒落、と言う事だ。とは云え日本人は相当衣類に気を使う人種だと想うので、其れと比べると普通なのだが、他の国と比べると圧倒的に違う。それを考えると日本人ってお洒落だなぁと想う。と言うか、服に金をかけるよなぁ、と想う。

またヨーロッパ内で別の国へ行ったとき、人々がどういう服を着ているかを見るのも面白そうだ。今の所知り合った人々は「その国っぽい」服を着ている気がする。文化特有の、と言う意味ではなく、センス的な意味で。

服を購入した後、サンドイッチを購入して食べる。鶏肉の入ったサンドイッチ。美味しいのだが、今の所パリで食べたサンドイッチが一番美味しかった。六月十二日、エッフェル塔へ行く際偶々立ち寄った店で買ったサンドイッチだ。値段も確か同じ?3.8だった筈。やはりパン屋のサンドイッチを食べるべきなのだが、チェーン系列よりも個人経営の方が美味しいと想う。

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腹を満たし、次は昨日教えて貰った観光地を訪れることに。途中で非常に良い雰囲気のオープンテラスを発見。ピザ屋らしい。

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外見の建築は結構特徴的。

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内部は比較的一般的である。

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光が綺麗。

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非常に立派なパイプオルガンも有った。

外は非常に暑く、辿り着くまでに汗塗れになっていたので、少し座って休憩する。やはり教会の中は非常に涼しく、心地良い。

その後余りにも暑かったので、一旦ホステルに戻る。少し横になった時、其の侭寝てしまった。少し疲れていたのだろう。

目を覚ますと十九時頃。三、四時間程寝ていた様である。腹が減ったので外へ出て、ケバブを買い、食べながら歩く。国際交流的な小さい催しが有るらしかったので、其れに参加してみることにしたのだ。

ぶらぶらと地図を見ながら、書かれたカフェを探す。開始時刻は二十時からだったのだが、其れを少し越えた段階で到着した。は、良いのだが、どうにも何も行われている気配が無い。店の中に人は殆ど居ないし、オープンカフェにも其れらしき集団は居ない。ふうむ、如何した事かと想ったのだが、諦めてそそくさと戻ることに。時間になっても集まって居ないと云う事は、余程参加者が少ないかもうやってないかどちらかだろう。まぁ良いかと想いながら、また町をぶらぶらと歩いて行く。

ホステルの近くのカフェに、同じ部屋に泊っているイギリス系のお爺さんが居た。独りでビールを呑んでいたので、彼のテーブルに座り、僕もビールを呑む。この時初めて知ったのだが、ハッピーアワー(十九時から二十時)にビールを頼むと、?2.5でジョッキが呑めるらしい。冷たいビールがその値段で呑めるのは、非常に安い。今度から行くならその時間だと決めた。

そのイギリス系のお爺さんは今オーストラリアに住んでいるらしい。昔から旅をするのが好きで、色々な国へ行っていたのだそうだ。それが如何してオーストラリアに住むことになったのかと云うと、オーストラリアで出来た彼女が「出来てしまった」らしい。ファンキーな爺さんである。いや、其の時は爺さんじゃないか。当然彼はイギリスのパスポートを持っているので、其の侭オーストラリアに住み着いた、と言う事だった。

その後はその奥さんとは別れて、また別の人と結婚して、また別れて、結婚して今に至るらしい。色んな国に子供が五人居て、孫が居て、曾孫も居るらしい。そんな爺さんがユースホステルに泊りながら、自転車を使っていろんな国へ行く旅行をしている。つい最近バンジージャンプに挑戦したらしい。次はケービング(洞窟探索的な物)だな!と云っていた。

年齢を聞いたら六十八歳らしい。とてもそうは見えない元気さだ。ホステルに戻ってからも若者と同じようなノリで話をするし、冗談も通じる。そう云えば昨日町で見かけた時は、カフェバーで若い娘と一緒に呑んでいた。こう云う爺さんになりたい。そう想った。

ホステルに戻ってからは日記を書いていた。一応無料のWiFiが有るのだが、調子が悪いらしく一度もネットに繋がらない。仕方が無いので溜まっていた分を書き続け、一時頃に部屋に戻り、眠る事にした。