七月三十一日、早朝ロングジャーニー、バラドリッドの入り口、学生の古都サラマンカ
朝、駅まで行くのにはタクシーを使えば好いか、と想い外へ出たのだが、重要な事を忘れていた。ヨーロッパの、然も郊外で流しのタクシーを見つけるなど不可能なのだ。何しろ単純にタクシーの数が少ないし、大抵はタクシー乗り場へ行かないと拾えることなど無い。そんな基本的なことを忘れた状態で外へ出てしまい、結局駅まで歩く羽目になった。
実際時間的には四十分程だったと想うのだが、地図の外に位置する上、大体の位置しか把握していない状態で歩いていたので、かなり不安だった。何はともあれ何とか到着。
やたらとモダンな駅。
そして駅へ着いたは好いのだが、乗りたかった電車がなかった。と云うのも持ってきた電車の時刻表の期限が既に切れているのだ。大した変更も無いだろうと想っていたのだが、そう上手くは行かないらしい。割と急いで歩いていたのだが、そんな必要は全然無かった。駅で一時間以上待つ。
一旦電車を乗り換えるため、バラドリッドで降りる。乗り換えの時間が一時間程有ったので、少しだけ街を見てみようかな、と想い町の方向へ。元々は一日立ち寄るかも知れない町だったので、少しだけでも、と想ったのだ。
町の入り口らしきところまで歩いて行く。然し当然ながら余り遠くまで行ってしまうと電車を逃しかねないので、適当な所で戻る。
戻るときは違う道から。街路樹の並ぶ大きな通りを通って駅まで。
鮮やかです。
駅まで戻り、近くのカフェバーでサンドイッチとタパスを食べる。
また電車に乗り、何も無い大地と空を眺め続ける。
サラマンカに到着。写真は旧市街ではなく、駅近く。
何か彫像が多いな、と想った。
カフェかバーか、古くていい感じ。
ホステルの方向へと歩いて行くと、大きな古い建物が目に入る。テンションが上がる。
立派な建物が多い。
ホステルは路地の奥に有った。古い大きな建物の裏手にある。スタッフはとても好い感じで、部屋も綺麗だった。ただ、二十人ぐらい這入れる大部屋なので、混み合ってると居心地は余り好くないかも知れない。僕が行ったときは十人程度だったので、何とも無かった。
町をぶらぶらと歩き回る。流石に旧市街地は世界遺産登録されているだけあって、非常に美しい。
町の至る所に鐘が有る。確か其れでも有名だった気がするが、確かでない。
町を歩き回り、色々な場所へと這入る。
然しまぁ、何処もかしくも立派な建物だったなぁ。
教会も豪華。
町をうろうろしていると、ミュシャ(Alfons Mucha)の美術展が開催されている事に気付いた。見ない訳にはいかない!と云う事で地図を見ながら探していたのだが、見付からない。まぁ後で好いかー、と想いながら歩いていると、偶然前を通り過ぎた。常設展自体もアールヌーボー、デコの美術館だったので、丁度好い。何の躊躇いも無く入る。
ミュシャの展示は非常に好かった。彼の描いた油彩画もかなり好みなのだが、この展示でも幾つか見ることが出来た。”Madonna of the Lillies”,”Song of Bohemia”の二つは特に気に入った。彼の描く女性は、非常に美しい。
・白い布を身にまとった少女が、唄いながら空を仰ぐ。穏やかな光に照らされた中、自然が詠う。活き活きとして、美しい絵。Song of Bohemia.
・戦争と名づけられた作品の中、独り佇む天使、若しくは悪魔の姿だろうか。死体が散乱し、山積みになった上、俯いて立ち竦んでいる。ミュシャが此の様な絵を描くとは想わなかった。
・エメラルドは毒を隠したような妖艶な女。アメジストは若さと活力に溢れた女。ルビーは艶っぽい、情熱的な熟女。トパーズは甘い清楚な淑女。
宝石各種を主題にした作品と、季節、時間を主題にした作品も見ることが出来た。以前モンペリエでミュシャ展を訪れた時には見る事が出来なかったので、非常に嬉しい。彼の描く月光や朝の光、其々に表情が在り、とても美しい。擬人化だよねこれ…!と想ったのは黙って置いた方が好いだろう。猫とか描いてないよねまさか。
常設展に関しては、軽く見る感じになった。陶器を使った造形芸術や、人形、そういった物が多かった。それにしてもやはり、アールヌーボーはジャパニズムの影響が大きいんだなぁ、と感じる。絵画、造形、デコレーション。アールヌーボーは複数の芸術と文化に於ける混合が主体だと想う。
・アールヌーボーが流行せずにグロテスクで在ると判断されたのは、デザインとしての方向ではなくデコレーションとしての方向へ進み過ぎたからかな、と感じた。自然をモチーフとしてデコレーションを進めた場合、如何しても日常的な感覚からずれてしまい、グロテスクな面が現れる。尚且つ大量生産とは完全に異なる性質を持つ為、時代の流れ的にも受け容れられなかったのだろう。
アールヌーボー、デコを用いた建築は好きだが、陶器やその他の作品は余り好みでない。装飾としては少し行き過ぎている感があったり、単純に美しいと感じなかったりする。モダニズム的なデザインと、アールヌーボーの丁度好い調和を感じる様な作品が一番美しいと感じる。シンプルな物も美しいが、単純過ぎると面白みに欠ける。デザインで在りながら、アートで在る物こそが、本当に価値或る商品に成り得ると感じる。まぁ、一般的に手に入る物に大してアートを求めるのは、時期尚早なのかも知れない。アートで或る物はラグジュアリーで在って、日用品とは異なる。それは判っていても、一般的に溢れている物は、余りにもデザイン的であり過ぎて面白くないと感じてしまうのは、贅沢だろうか。美しい物が簡単に手に入る好い時代にはなっている。ただ、まだまだ足りない。美しさが、洗練された感性が。
美術館を出てまたうろうろ。
公園から見える教会。少し休む。
頭が破裂して中から鳩が飛び出ました、の図。
教会に入ると、低い天井から奥にかけての広がりが非常に美しかった。
写真では伝わらない感覚。
この時は偶々普通に這入る事が出来たのだが、実際は他の場所から這入る形になっているらしい。しかし、正面から這入ったほうがインパクトが遥かに大きい。
夕食としてサンドイッチとジュースを買って食べる。最近は高いものを食べ過ぎて居たので、何とかしないといけない。
公園のベンチに座りサンドイッチを食べていると、少しだけ強い風が吹いた。樹木が生きているかの様にその身を揺らす。ふと、木の上に小さな人型が乗っている事に気付いた。何かと想い目を凝らして見ても、その姿は判然としない。か細い枝の上に、風に乗る様にして座っている。木の上には何人か居る。一人は優雅に腰掛けて、一人はぶら下がる様にして遊んでいる。風で木の葉が揺らめくと、同じ様に彼らも揺れた。ふわりふわりと、愉しげに。
さっと、また強い風が吹き付ける。木の葉が一枚、頭に落ちた。手で払い除けて、また木を見上げると、もう彼等は消えていた。また風が吹けば現れるかも知れないと想ったが、もう姿を現すことは無かった。心地好い風の吹く、夕暮れ時。
ホステルまで戻り、ネットを使い時間を過ごす。夜は早めに眠った。