酒、酒、出発
六月二日、出発の前々日。本来であれば出発に向けての準備に追われ、特別な事などはすべきでないのだろうが、勿論そう単純に事が進む筈も無く、一切の荷造りをしないまま一日を終えることとなった。無論下準備として必要な物を買い揃える事を忘れる程の阿呆ではないのだが、世間一般的に言われる「用意の良い」人間は無いので、仕方は無い。
では、何をしていたのか。何をしていたかと問われれば何もしていないのだが、敢えて書くならば「寝ていた」「酒を呑んだ」と答える外無い。まず起床時間が酷く遅かった。その所為で取り急ぎ必要な物を買い揃え、左耳に穴を開けた時にはもう日が暮れだしていて、その後は明け方まで酒を呑んでいた事になる。我ながら準備として必要なことを殆ど放棄していたのには、呆れるしかない。
明け方まで酒を呑み、ぐでんぐでんの状態で家に帰り、一切寝ていないにも関わらず妙に目が冴えて居たので、仕方なく荷造りを始めた。鞄の中に取り敢えず寝袋を詰め込み、ふむ、何を入れるべきかさっぱり分からない、と首を傾げた侭数秒。ウッ、と急に吐き気を催し、便所へと駆け込む駄目人間一人。呑みすぎである。仕方が無いので胃薬を飲むのだが、今一良くならない。然し其れは至極当然のことである。何しろ胃薬は二日酔いには効いても、唯の酔っ払いには効かないのだ。ふらふらとした足取りで着替えやら何やらを掻き集めて、鞄へと詰め込んでいく。困った、下着が足りない、等と呟きながら。
そして一時間程荷造りをしていると、急激な眠気に襲われたので、眠ることにした。
とっくに日付は変わっているが、六月三日。目が覚めると時刻は十五時過ぎ。途中で何度か目覚めた気がするが、覚えていたのは夢だけだった。昔通っていた中学校で、クラスが見える。教室へ入るのだが、自分のクラスかどうか今一自信が無い。クラスメイトにこの教室で合っているかどうかを聞いたのだが、答えを教えてもらう前に目覚めてしまった。教室に半数程しか生徒が居なかった。あの教室はもう無いのかと思うと、少しノスタルジックな気分になる。
目が覚めてから、取り敢えずシャワーを浴びて、荷造りの続きに取り掛かる。相変わらず何を持って行けば良いのか分からない。結果、寝袋と、数日分の着替えと、洗面用具、タオル二枚、冬になってから着る薄手だが暖かいセーター一枚に、ジャケット一着、そんな所だろうか。あとはデジカメやパソコンの充電器やら、何となくトランプとか、それぐらいである。空港で荷物を預けたとき、重さは10kg丁度だった。背負って旅をする分には、特に困らない程度の重さだろう。きっと忘れ物が山のように有るのだろうが、まぁ大丈夫。きっと。
夜、十九時頃に友人が家を訪ねて来る。美容院で働いている彼に、髪を切って貰うのだ。彼が専門学校生だった頃から切って貰っているので、もう何年になるのだろうか。お蔭で僕自身は一度も美容院へ行っていない。最初で最後に行ったのは、中学の頃だった。それ以来は、自分で切るか、其の友人に切って貰っている。代金は、時々現金で幾らか渡すか。食事を奢って済ませている。然し、今回は一銭も渡すことは出来ない。何しろ金が無いのだ。帰ってきたら、何か旨い飯でも奢ることにしよう。
髪を切り、さっぱりとした後、また別の友人が家を訪ねてきた。少し酒を呑もうと言うことになり、外へ。とは言え余り遅くまで出ている訳にも行かないので、一時間程呑もうと言う事になった。過去に一度だけ行ったことのある、旨い日本酒が大量に置かれている店へと向かった。
店は二十四時で閉店だった。僕等がその店に入ったのは二十三時頃だったので、丁度一時間である。其の間に日本酒を二杯、肴に漬物、山芋短冊、出し巻きを食べた。暫く日本食はお預けである。最後に食べるものとして、申し分の無い味だった。日本酒は、実に旨い。
閉店まで店主とわいわい喋り倒して、店を出る。帰宅すると二十四時半頃。未だ準備は終わっていない。取り敢えず全ての荷物を詰めない事には出発出来ないので、必要であろう物を全て詰め込み、一応荷造りを終えた。其の時点で時刻は二時前。睡眠時間が削られては困るので、眠ることにした。使い慣れた携帯のアラームをセットして、眠る。予定起床時刻は六時半から七時だった。
朝、目が覚める。時計を見てみると、八時丁度だった。どういうことだ!と思いながら携帯電話を見てみると、時刻が二時になっている。どうやら電波時計を使っている所為で、解約した後時刻がずれてしまったらしい。盲点だった。どんなに急いでも出発の二時間前に着きそうは無いが、遅れれば遅れただけ自分の首を絞めることになる。大急ぎで取り敢えずシャワーを浴びて、荷物を背負って外へ。タクシーを拾い、京都駅まで向かう。
京都駅のJR窓口でお姉さんに「関空まで一番早いやつ!」と頼んでみると、十時十分着の電車のチケットを取ってくれた。出発は十一時五十分の便だったので、其れなら十分間に合う。ほっと一息付いた所でお茶を買い、ちびちび飲みつつ電車を待った。関空まで一時間十分程度。特急列車に乗り込む。どうせなので指定席にしてやった。
その後は時間内に手続きを済ませ、今飛行機の中でこれを書いている。相変わらず飛行機と言うのは退屈だ。外を見ても景色は中々変わろうとしないし、座席は窮屈。今回は幸いにして満席ではなく、隣の席は一つ空いている。三人掛けの窓際で、間に一つ空白が入る形だ。肘置きを上げて、広々と座ることが出来る。にしても、窮屈なのに代わりは無いが。いっそ其の隣まで誰も居なければ横になれるのだが、そうは上手く行かない物だ。
さて、到着したら取り敢えず、どうしようか。全く持って検討も着かないのだが、まぁ楽しくすごそうと思う。