八月二十七日、ドクターギスラン美術館

2009.09.16

朝、十時半頃に置き、朝食を採り、日記を書くはずがネットをしていた。やはりネットが使える環境にあると、如何しても繋いでしまうので困る。いや、使わなければ好いだけの事だが、そうはいかないのが世の常である。と云うか、意志が弱いので無理です。

昼食を取り、十四時過ぎにゲントへ向かう。今日は先生のお父さんが送ってくれた。毎回何とも申し訳無い気分になる。

今日訪れたのはドクターギスラン美術館(Museum Dr. Guislain Gent)である。このギスランと云う医者は精神科医らしく、恐らく精神疾患治療の開拓者だろう。精神病院の一部を使っており、内部は精神病院や治療の歴史に関する常設展と、其のとき行われていたGoran Djurovicの特別展、People On Showと云うタイトルで開催されていた特別展、其れともう一つBurland/Toylandと云うタイトルで開催されていた展示も有ったのだが、其れは時間の都合で見逃してしまった。とは云え、見たかったのはGoran Djurovicだけなので問題ない。ていうか、何て読むのか判んないよね。この人の名前。ゴラン・デゥロビック?

因みにこの日、写真は一枚も撮っていない。とは云え、美術館内が撮影禁止だったわけではない。とは云え、バッテリーの充電を忘れていた訳でもない。では何故か?簡単なことである。カメラを忘れたのだ。

我ながらわざわざ日を選んで忘れなくても、とは想う。まぁ、安穏とした環境で長く過ごした所為で、少し気が抜けてバカに磨きがかかったのだろう。

どのような画家であったかはこの恐らくオフィシャルなサイトを見て頂ければ判ると想う。このサイトに掲載されている作品の幾つかも見ることが出来た。

彼の作品は、印象として「何か欠けている」と云う気分になる。作品として何か欠けているのではない。絵の中の世界で、何かが欠けているのだ。其れは人間性であったり、感情であったりするかも知れない。ただ、具体的に説明するのが困難な、「何か」である。何処か夢の中の様な情景で、現実味が無い。全ての存在が、地に足が着いていない。不安定で、脆く、崩れそうである。シュールであるが、具体的にそれとも違う。気味が悪いと言えば気味が悪いが、嫌いではない。かなりの時間を費やして見る事が出来た。

精神病院内の美術館で特別展として行うには、かなり好い画家だと想った。

その後は常設展と”People On Show”を見る。常設展は古い時代の精神疾患に対する治療(と云うかは、どう云う扱いを受けていたか、に関してだが)と、近代に至るまでの流れを展示したものだった。

古い時代になると治療は治療ではなく、如何に患者を抑え付けるか、と云う事しか行われていない。何しろ人間の精神に関する部分だ、どうして昔の人間が、それらを理解する事が出来ようか。精神疾患の類は非常に難しい。それは現代に至っても同じ事で、解明されていない事が非常に多い。現代ですらそんな状態なのに、どうして昔の人間を責める事が出来るだろうか。とは云え、中々人間とは、残酷な事が出来る物だ。そんな事を想う。

"People On Show"は、西洋に於ける、東洋やアフリカ、世界各地の民族を題材にした見世物がどのように行われてきたか、と云った内容だった。歴史的だね、と想いながら、軽く見て回る。

それらを見終えて、外に出る。迎えが来るのを少し待ち、車で家に戻る。

家に戻ってからはまた日記を書いていた。夕飯を採った後も日記を書く。

夜は二十四時過ぎに寝た。

八月二十六日、ゲント、デザイン美術館、郷土史博物館

2009.09.16

朝、十時過ぎに起き、朝食を済ませ、昼前にゲントへと出発する。この日は先生と先生のお母さんとがゲントで買い物をする予定だったらしいので、僕は街を観光することにした。

取り敢えずゲントに着き、地図を見ながら街を歩く。

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幾つか教会にも這入ったのだが、教会内部は何れも新しく改装されている状態だった。其の内一つは内部を写真の展示にも使っていたので、教会としてはもう使われていないのかも知れない。

その後はデザインミュージアム(Design Museum Gent)へ向かう。内部は幾つかのパートに分かれており、特定のデザイナーがデザインした椅子が置かれている空間や、陶器のみが置かれている空間、アールヌーボー、アールデコの装飾を施した家具や調度品、モダニズムデザインの家具の類、最近のデザイン等が数多く置かれていた。そしてそれらの内の幾つかは非常に好いデザインだったので是非写真を撮りたかった、が、撮れなかった。

と云うのも、バッテリーを充電し忘れていたからである。

まぁ何時の日かやるだろうな、とは想っていたが、遂に其の日が来てしまった。バッテリーは二つ持っているので、ちゃんと使い回していれば困ることは無いのだが、何とも愚かなことに、両方とも空っぽにしてしまったのだ。

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と云う訳でこの日撮った写真は三枚だけである。残念だ。

此処には座っても好い椅子が幾つも置かれて居たのだが、座り心地の悪そうな椅子でも、意外と好い感じだったりする。見た目に左右されず、好い座り心地を提供するのは、椅子としては当然の事であり、大切な事だ。使い勝手や使い心地を無視した見た目だけのデザインは、淘汰されて然るべきである。

デザイン美術館を出た後は、ゲントの郷土史博物館的な場所へ向かう。名前は"House of Alijin"内容としてはベルギーの風土的な習慣を、出産、結婚、死、と云った人生に於ける流れの中で説明している物だった。中々文化的なものが見れて、面白かった。とは云え、英語の解説を読まないと大して面白くも無いので、普通に行くのは余り薦められない。その土地の風習等に興味のある人間であれば、楽しめるだろう。

郷土史博物館を見終え、外に出ると丁度先生と其のお母さんが待っていた。大体の時間は併せていたものの、丁度好いタイミングだった。

アイスを買って車に戻り、家に帰る。因みにアイスは買って貰った。丸で子供の様である。

家に戻り、夕飯の時間までビールを呑んで過ごす。先生の両親と色々話をした。夕飯を食べてからもずっと話をしていた。皆酒が入って、話が弾む。結局二十一時過ぎまで話をして、ビールを呑んでいた様に想う。

夜は二十四時頃に寝た。

八月十二日、Basefield

2009.09.07

朝、十時頃に目覚める。準備を済ませてリビングへ行くと、先生のお母さんが来ていた。この日から彼女の家に泊めて貰える事になっていたのだが、迎えに来てくれたらしい。挨拶をして、朝食を採る。ニュージーランドに居た時のホストマザーに似た、非常に感じの好いお母さんだった。

朝食後暫く話をして、車に乗り、彼らの住む町へ向かう。ゲントから車で四十五分程。本当に小さな町で、人口は千人程度だと想う。Bassavelde、英訳するとBasefieldになるらしい。先生の家は二階建て、昔は大人数が住んでいたらしい事も有って、部屋が非常に多い。庭は非常に広く、日本だと考えられない程の広さであり、海外としても広い方だと想う。小さな池が有り、水連が浮かび、鯉と他の魚が泳いでいた。庭の奥には鶏が二羽、何とも、まさか庭には二羽ニワトリが…を目の当たりにするとは想わなかった。鶏は先生の弟が急に飼いたいと云ったらしく、其処に居るらしい。時々卵を産むので、新鮮な卵が食べられる。鶏小屋の横には小さなワイン畑が在る。畑といっても本当に小さく、六本程度だろうか。お父さんが趣味でワインを造ろうとしているらしい。

結果的には此処で実に長い時間を過ごす事になる。家族の皆も好い人で、非常に居心地の好い家だった。

昼食を採り、暫くすると親父さんが現れた。気の好い大きな人だった。非常に歓迎してくれているらしく、冷蔵庫にはベルギーのビールが既に何本も用意されていた。

実際、この日は特に書き記すようなことをしていないのが事実。スペインでの疲れを癒したいのも在って、ゆっくりとした一日を過ごした。テラスに座ってのんびり庭を眺める。好く晴れていて美しい。気温も湿度も丁度好く、風が心地好い。

夕方にビデオを借りに行った。色々と選んで戻る。

夕飯には何を頂いたか忘れてしまった。もう一月近くも前になるのだと、今更ながら想う、九月六日。

ベルギーの人はどうも食べたり呑んだりするのが好きらしい。フランス料理の源流はベルギーから来ているらしいので、国民的に食に対する興味が大きいのかも知れない。国によっては家庭料理が酷い国もあるので、その点で云うとベルギーはかなり好いと感じる。まぁ、食に関して日本は異常なのかも知れないが、美味しい物は好きなので仕方ないと云えよう。

と云う訳でこの家に居る間、美味しい料理を頂き、美味しいビールを呑んでいた。然も当然ながらご好意で泊めて貰っていたので、金銭的にもかなり有り難い。詰まりは、無料ホームステイと云った感じだ。

夕飯を食べた後、お母さんと話をする。具体的に何を話していたかは憶えていないが、彼等家族とは色々話をした。文化的な違いについてだったり、日本の宗教、文化だったり、食生活だったり、言葉だったり。そう云った話をした上で、僕の事をかなり気に入って貰えた。嬉しい限りだ。

夜ものんびりと過ごす。恐らく日記でも書いていた筈だ。夜は早めに眠る。