九月一日、UK、入国審査、勾留、長い一日

2009.09.23

朝、八時半頃に起き、朝食を採り、ホステルを出る。ブリュッセルの北駅まで地下鉄で向かい、長距離バス乗り場近くのバーガー屋で待つ事に。適当に日記でも書いていた。

時間になったので、バスに乗り込む。確か行きのバスは十四時半頃発だ。

バス内でぼんやりとすごし、国境を越え、一旦フランス国内へ。

夕方にフェリー乗り場に到着し、出国手続きを済ませる。其処までは問題無く、スムーズだった。

が、問題は其の後である。フランス領土を出る前にイギリスの入国審査が行われるのだが、其処で止められてしまった。入国審査局員の質問に答えていたら、急に「ちょっと其処に座って待ってて」と云われた。ん、なになに?と想いながら待っていると、暫くして「バスから荷物全部降ろして」と云われた。うひょ、マジで?と想いながら云われた通りに荷物を降ろした。因みにこの時座席にジャケットを置いたままにしていて、危うく唯一のジャケットを無くす所だった。隣に座っていた人が伝えてくれたのか、無事に確保。

何はともあれ僕を残したままバスは去っていく。他の乗客は無事入国、僕は入国管理に引っかかった、と云うわけだ。

三十分程、荷物と共にその場で座ったまま待つ。

先程の局員が現れ、よく判らない紙を渡される。内容としては「質問に対するちゃんとした答えを得られなかったので、詳しく聞く必要が有ります」的な事が書かれていた。ほうほう、左様ですか。と想いながら、もう暫く待つ。

漸く局員が現れ、別室に移された。荷物の検査を受け、危険物を持っていないかチェックされて、その後待合室的な場所に移される。因みに、此の時点で大した説明は受けていない。何がどうなるのやら、さっぱりである。

待合室にはベンチが並んでおり、全部で三十人強は座れるようになっていた。広さとしては、どれくらいだろう、十五畳程度だろうか。今一広さに関する感覚が無いので判らないのだが、恐らく4m*6m程度の広さだったように想う。壁には様々な国の言葉で、部屋に関する説明が書かれていた。写真はダメとか、食事は提供されますとか、質問が有ったら聞いて下さいとか、十ヶ国語以上で書かれていた。因みに日本語は手書きだった。

他に有ったのは正面にテレビが一台。僕が這入って暫くして、映画が流された。壁にはポスターがあって「不法入国はいけません!」的な。其の部屋から行くことが出来るのは、女性用トイレと男性用トイレのみだった。部屋の隅には大量の雑誌(ファッション系と、車系、男女用って事だろうか?)と、コーラン、聖書が置かれていた。後は電話が一台。一回だけ、無料で電話できるらしい。電話機の上には各種相談所の電話番号が書かれていた。

壁の片方は上半分がガラスになっていて、窓の向こう側には職員(入国管理とは別の組織になっているらしい)のスペースが見える。監視カメラは無かったのだが、人による監視が有る、と云う事だろう。人権のの配慮だろうか?

部屋の一番後ろ、ベンチの上には毛布が幾つか置かれていた。此処で何日も過ごす人間も、きっと居るのだろう。

そんな感じで始めは部屋の観察をしていた。何しろ中々這入れる場所ではない。正直、中々出来ないレアな経験をしているな、と想う反面、入国できなかったら如何しよう…、と云う不安も有った。何しろ這入れなかった場合、シェンゲン協定圏内に留まることになってしまう。其の場合、圏内に入れる九十日を限界まで使ってしまっている僕の場合、国外退去となる可能性が非常に高いのだ。一旦国外退去を食らった場合、その後其の国に這入るのはかなり難しいという話を聞いたことがあるので、其れだけは避けたかったのだ。

暫くして、職員が「お腹減ってない?」と訊いて来た。「減ってます!」と答え、サンドイッチとチョコレートケーキを貰う。飲料水もちゃんと提供されていたので、有り難く頂く。無料ご飯ですね!等と気楽に想える自分は、多分幸せなんだろうな、と想う。因みに訊かれたときは「無料で食事提供」と云う事を知らなかったので「え、くれるの?タダなの?好いの?」見たいな感じだった。

胃を満たし、部屋を観察するとする事が無くなってしまった。本でも読もうかと想ったのだが、雑誌は面白く無さそうだ。それにしてもまぁ、何時間くらい待つ事に為るのだろうか?職員さんは「今日は幸い君以外誰も居ないから、そんなに長くはかからないと想うよ」と云ってくれたのだが、実際彼等は働いている部署が違うので、具体的な事は何も知らないのだ。然しまぁ自分以外に誰も居ないというのは有り難い事実である。何しろ気が楽だし、手続きも早くなるのは必然だろう。

何はともあれ、考えていても仕方ない、取り敢えず映画でも見て待つ事にした。

そして待つ事二時間。映画を一本見終える。次の映画が暫くして始まったが、見る気に為れなかったので止めて置く。因みに少し不安だったのは最初の一時間で、其処からは「まぁ如何でも好いや」モードに這入っていたので気楽だった。ま、最悪でも死なないから好いよねー、的な。

その後はコーランを読んでみる。聖書は一部読んだが、コーランは一切読んだ事が無い。何が書かれているのやら、と想いながら読んでみたのだが、かなり難しい。何しろ英訳版なので、感覚的に掴み難いのだ。然も内容は至って退屈なので、気が付くと文字を追っているだけで読んでいなかったりする。

うむむ、此れは英語で読むにはちと難しすぎるな…、等と想いながら三十ページほど読み進めた所で、今度は入国管理局の人間に呼ばれた。

待合室を出て、再度荷物の検査を受ける。何が這入ってるかを適当に伝えながらチェックを受けた。実際、多分だが、僕が日本人じゃなかったら全部出して調べるんじゃないかなー、と想った。

その後は其の局員と一対一で話をする。と云うか、訊かれたことに対して答える、と云う形だ。尋問?尋問なのかな。とは云え、其の局員の女性は非常に感じの好い人だったので、リラックスして答える事が出来た。

聞かれた内容としては、イギリスを訪れる目的、今まで何処を旅行していたのか、家族は何人か、泊る場所は何処か、以前の仕事は何か、イギリスに友達は居るのか、親の経済的なサポートは受けられるのか、親の仕事は何か、金額として幾ら持ってきたのか、無くなったら如何するのか、等など。全てで三十程の質問だっただろうか。全部本当の事を伝える事にした。嘘は苦手だし、正直「日本からの観光客だから大丈夫だろう」と云う大前提の安心があった、と云うかまぁ、実際には安心しすぎていたのが問題なのだが。

質問に答えた後、女性が「では此れを上司に持って行って、判断して貰います。其れまで待っててね」的な感じでまた待合室に戻された。

待合室に戻り、恐らく三十分か一時間程してから、再度外に出される。

其処で云われたのは「純粋な観光客になってください。ボランティアでも働くのはダメですからね。」と云うこと。

そう、其れこそが問題発言だったのだ。正直な処、ボランティアに関してはやるかどうかも不確かで、まぁ出来るならやりたいなー、位だったのだが、質問の途中で「お金が無くなったら如何するつもりですか?」と云う事に対して「最悪親にお金を送って貰うか、出来るんだったらボランティアでもして過ごしたいですね」と云う事を云っていたのだ。まぁ、無知だからこそ出来ると云うか何と云うか。

何はともあれ、実に甘い感じで入国を許された様に想う。正直、止められる訳がないと踏んでいたので、要らぬ事まで云ってしまった、と云う訳だ。単純に「お金は十分に有ります。無くなっても親に云えば送ってくれます。仕事はしません。」と伝えていれば、止められる理由など何処にも無いのだ。

安心し過ぎているお蔭で、要らぬ事を云い、要らぬ時間を食う羽目になってしまった、と云う事だ。

その後は指紋を採られ、同意書にサインをして、待合室から出された。其の時点で時刻は確か二十二時過ぎだったか。勾留時間は六時間程である。

然しもう一つの問題が有った。EuroLineのバスが来るまで、待つ必要が有るのだ。一日に五本程有るとは云え、此の時間からだと夜行バスを待つ形になる。とは云え他に何か出来る訳でも無いので、大人しく待つ。因みに其処は寒くて、中の待合室に戻りたい…、と想った。何しろ暖かいし、映画は見れるし、サンドイッチはくれるし、紅茶は飲める。快適じゃないか!

等と如何でも好い事を考えながら、バスが来るまで待った。

待っている間に日付は変わり、深夜二時頃、漸くバスが到着する。荷物をバスに積み込み、漸く此れで入国できる!と想ったのも束の間、バスはすぐにフェリーに乗り込み、バスから降りて、フェリー内で一時間半程を過ごす形になった。

眠るにも眠る場所は無く、外は真っ暗なので眺めても詰まらない。窓の外に見えるのは、ただ真暗な闇と化した海と、星一つ見えない空だけだ。辛うじてフェリーから漏れた光が、白波を照らすばかりで、何の変化も無い、退屈な海の上だった。

腹が減ったので適当にサンドイッチと飲み物でも買おうと想ったのだが、通過がポンドに変わっていた。そうか、もうイギリスなのだな、と想い、船内の両替所である程度を換金する。サンドイッチと飲み物と、ポテトチップスがセットになって£4か£5だったように想う。ふーん、と想いながら購入して、好く考えたら円換算で八百円だということに気が付いた。高!

大体£3で五百円。£6で千円。全てが割高なのも判るという話だが、以前は£1当たり三百円近くだったことを考えると、余程安いのは確かだ。だが、依然として高い。

等と考えていると、フェリーは着岸したらしい。またバスに戻り、今度こそ寝れる…!と想い席に着くと、また五分程で外に出された。

何ですか、もう…。とげんなりしながらバスの外へ出て、荷物を出し、再度入国審査的な物を受ける。とは云え今度のは簡略的な物であり、パスポートを見せて軽くチェックして終わり、と云う感じだった。

ゲートの反対側へ進み、バスに乗り込み、気が付くと眠っていた。

八月二十二日、楽器博物館、アントワープ、夜

2009.09.15

朝、九時五十分起床。朝食を採る為急いで準備するも、間に合わず、空腹状態で外へ。

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楽器博物館の内装は、一部を除いては殆ど普通だった。エレベーターや階段付近の装飾がある程度で、他は至ってモダンな感じ。少し残念。とは云え綺麗。

美術館自体は中々面白い。西洋の楽器は勿論のこと、各国の伝統的な楽器が展示されていて、其々の音が聴ける様になっている。ただ、問題なのは聴く時に使うヘッドホン。こっちの美術館や博物館で時々使われている、ワイヤレスのヘッドホンなのだが、何しろ音が悪い。然も時々ちゃんと電波が飛んでないのか、聴き難かったりする。まぁ音質を求めるのが間違いなのかもしれないが、それにしても音が悪いので、正直余り聴く気になれない。気にしない人なら問題無いんだろうけど。

とは云えそれなりに愉しむ。二時間半程費やした。一番面白かったのはエレクトロ関係。wiiのメニュー画面とかで流れてる音のオリジナルを見た。そして其の名前を控えていた筈なのだが、どうもネットで検索しても出てこない。確か”Ondioline”だったと想うのだが…。また憶えていれば調べてみよう。

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楽器博物館の窓から見えるブリュッセルの街。良い天気だった。

博物館を出て、電車に乗り、アントワープへ。また電車で一時間程度。

ホステルまでふらふらと歩いて行き、辿り着いたは良い者の、受付時間外で閉まっていた。どうしようもないので、近くの公園で座って待つ。

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暇だ。

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途中まで描いて放置していたスケッチを完成させても、まだまだ時間がある。とは云え本を読む気にもなれず、ぼんやりと公園を眺める。子供が沢山遊んでいるが、人種的にはみんなアラブ系、イスラム系だった。アントワープはユダヤ人のダイヤモンド商でも有名らしいので、その影響もあるのかな、と想った。

ま、どうでも好いよね、そんな事、等と想いながら、一時間以上待つ。

その後ホステルが空く時間になったので、戻る。が、まだ空いていなかった。ホステル前で僕と同じ様に早く着いてしまったロシア人が居たので、話をして待つ。

十五分程してホステルの人間が帰ってきた。と云うか、普通の家を使ってホステルとして使っているらしい。ホステル前に停められた車はキャンピングカー。ホステルを所有している夫婦は、如何にも旅が好きそうな感じ。

取り敢えずチェックインを済ませ、説明を受ける。ホステル内部も普通の家のようになっていて、非常に居心地が好かった。取り敢えず荷物を置いて、リビングでその場に居た人間と話をする。確か始めはカナダ人(男)と話をしていたのだったか、暫くすると人が増えていた。オランダ人の若い女の子が二人と、若くない女の子が二人(こんな書き方をしていては罰が当たりそうだが)、オーストラリア人の女の子も一人。何だか女の子ばかりだな、と想った。男臭いよりは断然良いが。

腹が減ったので、外へ出てスーパーで買い物を済ませる。適当にパスタのソースを買い、パスタを茹でて食べる。ホステル自体に無料のパスタが置いてあったりするので、節約になる。

何だか久し振りに日本語で文章を書く所為か、言葉がおかしい。普段の事ではあるが、違和感が拭えない。書いている内に慣れて来るだろうか。

夕飯を済ませ、その後も話をしていたら二十三時頃になっていた。話の流れでオーストラリア人と街へ向かうことに。彼女は、血筋としては完全にイタリア人らしい。両親がオーストラリアに移ったので、子供の頃から其処に居るのだとか。確かイタリア語とフランス語も話せると云っていた筈だ。

話をしながら街のほうへ歩いて行く。

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途中で見つけたよく判らない建物を見たりする。090822_235115

ライトアップされたアントワープの駅。非常に立派な造りだ。

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其の正面にはモダンな造りのビル。余り評判は好くないらしい。確かに、美しくない。と云うか、醜い。

彼女は何も食べていなかったらしく、適当に店に這入って食べることに。僕は夕飯を済ませていたので、ビールを一杯だけ呑んだ。食べ終えると一時近くになっていたので、其処から歩くのは止め、ホステルに戻る。

夜は二時頃に寝た。

八月二十一日、現代美術館、アールヌーボー、アールヌーボー、アールヌーボー

2009.09.13

朝、九時頃起床。準備を済ませ、朝食を採り、外へ。街をぶらぶらと歩き、教会へ。

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元々はアールデコの教会が在ると云う事で歩いていたのだが、違う場所に辿り着いた。

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その後見つけるも、閉まっていて這入れず。残念。雲が好い感じである。車が邪魔である。

その後もふらふらと歩いていると、現代美術館を見つけた。展示数が少なかったので、三十分程で見終える。

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その後も二つ程協会を訪れた。

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その後も歩き回り。

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その後は裁判所を見たりでまたうろうろ。一応方角だけは定めて歩いて行く。目的地はブリュッセル市街地から南へ行った、アールヌーボーの建築が多く並ぶ地区だ。

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ビクターオルタの美術館へ這入る。内部は撮影禁止だったのだが、非常に美しかった。色の使い方と空間的な構築が上手だと感じた。細部の装飾も手が込んでいる。落ち着いたオレンジや黄土色系統の配色で、非常に住み易そうな雰囲気だ。ガウディの様なビビッドな感覚は無いが、違う美しさがあると感じた。

・アールーヌーボーの本質とは、様々な文化、美術、様式を混ぜ合わせ、取り入れ、表現者の内部で解読を行い、自己投影を行う事に在る様に想う。其の中で自然の流れを汲むことや、統一的な作品である事が中心として現れてくる。空間的なアートであり、住み心地の好い住まいでもある。鏡を使った広い空間の表現等、非常に美しい。

美術館を出た後、サンドイッチを購入し、公園で食べる。

また街を歩き、アールヌーボーの建築を見ることに。

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非常に美しいが、どうも誰も住んでいないらしい。勿体無いなぁ、と想った。

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アールヌーボー調でない家々も、綺麗だったりする。090821_152548

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車が邪魔です…!この建築は確かオルタの弟子か誰かだった筈。

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ていうか、多すぎる程多い!この地域で流行っただけなのか、若しくは後から付け足されただけなのか、それは判らない。が、取り敢えずファサードとしてアールヌーボーを取り入れた建物が半端なく多い。此れまでこんなに多いアールヌーボー建築を見たことが無かったので、非常に驚いた。一部の地区に至っては並んでいる家々の全てがアールヌーボーで、丸で此れまで見ていたゴシックやそれ以前の建築が見えなくなることも有る。

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途中で見つけた教会にもふらりと這入って見たりする。

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ずらりと並ぶ、曲線の窓。

そんな感じで色々な家の写真を撮りながら、もう一つの目的地であったヴァンビューレン何とか美術館へ向かう。

建物内部は撮影禁止だったのだが、屋内も美しかった。小さなステンドグラスを使った窓があったり、家具が綺麗だったり、非常に好い雰囲気だった。

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その後は庭園を見る。

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非常に美しい庭園である。

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庭には迷路もあった。「ラビリンス」と書かれていて、何とも雰囲気が有る。実際には大人の身長だと先が見えるような高さなのだが、其れでも迷う。子供が遊んだりしてたんだろうなぁ、と想うと、何だか和んだ。

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庭が特に綺麗だった。因みに美術館へ行くまでかなりの時間を要したので、始めは間に合うか微妙だった。何とか間に合ったので、無事見ることが出来たが、間に合って居なかったらかなりがっかりする感じである。何しろ、かなり遠い。

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その後も街を歩き続ける。

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好い壁。

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まだまだ見ていなかったアールヌーボーもあります。

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何かもう、疲れてきてちゃんと撮れてないよね。

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これはオルタの建築。もう一つの建物にはでかでかと「写真撮影禁止!」と書かれていた。実際には読めないけど、ご丁寧にマーク付き。と云うか、建物の外観に対して「撮影禁止」って…。そして其の撮影禁止のカバーのお蔭で、折角の建物が完全に台無しになっていた。美しいものに対して愚かな醜さを与えるとは、無残な限りである。

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内部も訪れたいが、生憎団体しか受け付けていないらしい。そんな殺生な…。

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そして通り掛ったこの建物群を見て「何てつまらない見た目なんだろうか…」と愕然とした。見慣れているからかも知れないが、それにしても、つまらない。

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最後の数件に関しては、有名な建築家だったりオルタの建築だったりする。やはり手の込みようが違うと云うか、金のかけ方が違うな、と想った。一番最後のお屋敷は、一番住みたいと想った。多分バカみたいな部屋数を保有している筈だ。

最後の写真を撮った段階で時刻は十九時。朝から歩き続けていたので、この時には既にかなり疲れていた。何しろ休憩を取ったのは昼食時の一度だけで、それ以外はずっと歩き続けているか、立っているのだ。

何とか見たかった建築を殆ど見終えた(とは云え、実際にはまだまだ有るのだが、疲労的に限界)ので、ホステルへ戻ることに。まぁ此処で普通の人ならトラムでも使って帰るのだろうが、僕は普通では無かったので、歩いて帰る事に。と云うか、トラム探している内に街の中心部分に近付いて、「もう好いや」的な思考で歩いて帰る事にしたのだった。

そしてすぐに帰る予定だったのだが、途中で広場を通過した時、ライブイベントが行われている事を想い出した。本来は有料なのだが、ホステルで無料チケットを配っていたので、それを手に入れていたのだ。

どうせ近くに居るんだし、行っとくか!と、疲労が溜まっているにも拘らず、ライブを見ることに。

野外ライブで、適当に二バンド程見る。その後別の場所でもライブが行われている筈だったので、其処へ向かったのだが、どうにも見付からない。あたりも暗くなって来て、然も寒い、そして空腹、何より疲れた。

と云う事で、帰る事に。

ぶらぶらと歩いてホステルへ戻り、戻った頃には二十二時前だった。腹が減って死にそうだったので、取り敢えず先日と同じ様にパスタを作り、食べる。その後少しネットを使い、眠る。何とも、何故此処まで自分を苛める様にして活動したのか判らないが、非常に楽しめた一日だった。