九月二十九日、市内散策、ブライトン美術館、廃屋のアートギャラリー、バースへ、日本語
朝、九時過ぎに於き、久しぶりの朝食を採る。酒ばかり呑んで昼過ぎまで眠る日々が続いていたので、好い加減何とかする必要がある。
ホステルを出て、町をぶらぶらと歩く。観光案内所で地図を貰った後、すぐ側にあるブライトン美術館(Museum of Brighton、だった筈)へと這入った。其の隣には宮殿も在ったのだが、後で這入ろうと想っていたら、結局忘れてしまった。
美術館と博物館が一緒になったような場所で、色々と展示されていた。

古い時代から集められた陶器の類。
何となく撮った昔の看板。
ブライトンの歴史博物館的な場所もあった。
エジプト関連も。
“Furoshiki”って書かれてて、ん?フローシキ?ロシア語か何かかな?一瞬想ったら風呂敷の事だった。
とは云えそう云った類の、所謂博物館的な部分は大して興味がないので、適当に流す。中心部分に置かれていたモダンデザインの家具や、アールヌーボ、アールデコ関連の部分をメインに見る。
ベルギー、ゲントのデザインミュージアムで見た椅子がちらほら…。
んん?この作品つい最近見たぞ。何処で見たんだったか…。模倣品?
様々な舞台の仮面や衣装。
そんなに大きくないので、すぐにみ終わった。二階部分には絵画も展示されていたのだが、其れ程面白いものは見付からず。モダンアートも数点あった。
その後は町をぶらぶらと歩いて、昨日見かけた小さい店の集まった通りに出た。
適当に帽子屋やら古着屋を見て回る。帽子専門で売っている店は一軒しか見付からなかったので、好い物は見付からなかった。以前何処かで置き去りにしてしまい、失くしたので新しく買いたいのだが、中々気に入るものが見付からない。
古着屋を見ていると、革のジャケットやらがかなり置かれていた。今持っているジャケットは合皮なので、本物の革を使ったジャケットが欲しいのだ。見ていると£20程からかなり好い物が売られていたのだが、サイズが微妙に合わなかったりでどうするか悩んでいたのだが、ふと、革製品はイタリアで買おう!と想ったので買うのをやめた。しかし今想ってみると、イタリアに行く頃にはまた暖かくなり始めているだろう。値段的にも質的にも割と好かったので、買ってしまっても好かったかも知れない。まぁ、また他の町でも見る事にしよう。
ふらふら歩いていると、廃屋の様なアートギャラリーを発見。廃屋の様な、と云うか、多分普通に廃屋。
入り口。写真だと光の兼ね合いで判らないのだが、見た目は完全に「長期間放置されて廃墟になった、元店舗」と云う感じだった。
スプレーペイント。一つ£5とかで売られていたので、結構好いと想う。
地下も含めて三階層。ちょっと夜には訪れたくない感じである。
作品の値段が非常にお手頃。短期の旅行だったら多分幾つか買ってる。
二階部分。
何やら怪しげな扉が半開きで…。
中は落書きだらけだった。暗すぎて手ブレ。
TAKE A LOOK!と云ってる割に
NOTHING TO SEE HERE、と来たもんだ。関西人的な解釈で云うと、これは寧ろ「開けてくれ!」と叫んでいる様な物だ。当然開けるべき、と想ったらガムテープで開かない様になってた。どないやねん。
取り敢えず内部はそんな所だったので、ギャラリーを出て町を歩く。
ブライトンは特にサブカルチャーの町だな、と想った。しかも、結構レベルが高い様に想う。町中に或るスプレーペイントやらも、他の町と比べると綺麗なのがかなり多い。
服屋の壁。これが一番好かったかも。
初め見たときは「何故アラブ様式の建造物がイギリスに…?」と想ったのだが、どうやら当時の領主?が異文化に傾倒していたらしく、敢えてこの建築様式で宮殿を建てたらしい。てっきりアラブ系の勢力がこんな場所にまで延びていた時期があったのかと想った。因みに中に這入るのを忘れてしまい、外見しか見ていない。阿呆であある。
桟橋、と呼ぶには大き過ぎる様な建造物。奥は遊園地になっているらしいが、独りで這入っても寂しさ倍増なのが予想されたので這入らなかった。因みに昔はもう一つ大きな物が在ったらしいのだが、どうも事故か災害か何かでダメになってしまったらしい。そう云えば廃墟と化した桟橋を、昨日見たなと想い出した。
ビーチ。其れなりに寒いのだが、割と大勢の人が居た。流石に誰も泳いでは居ない。
その後はショッピングセンターへ這入ってみたり、アップルストアで新型のiPod Touchを触ったりしていた。欲しいなぁ、欲しいなぁと想いながら(数日後購入フラグ)。
特にそれ以上見る物もないかな、と判断したので、ホステルに戻る。この時にきちんと思い出して宮殿に行っていれば好かったのだが、完全に忘れていたので仕方が無い。
十八時頃、ホステルを出て駅へ。十九時前の電車に乗り、バース(Bath)へ向かう。有名なローマ風呂の在る町だ。
電車内ではwi-fiが使えると書かれていたのだが、実際にはネットに繋がっていなかった。日記を書いたりで時間を過ごす。窓の外は真暗だ。
電車の乗換えで危うくしくじりそうになる。と云うのも最初に乗った電車が五分遅れていて、乗り換えの余裕が七分しか無かったのだ。乗り換え寸前、近くに居た駅員に、次に乗る電車のプラットフォーム位置を聞き、其処まで走る。荷物を持った上なので、走るのがしんどい。
プラットフォームに着くと同時に電車が到着。乗り込んで五秒後には出発していたので、かなりギリギリだった。乗り過ごしていたら別の切符を買う羽目になる。寧ろ其の次の電車は無かったかも知れない。何れにせよ危ない所だった。
バースに着いた時刻は憶えていない。ブライトンから電車で三時間程だった様に想うので、十時過ぎだろうか。ホステルまで歩き、チェックインを済ませ、夜は同室になったポーランド人と話をしていた。
彼は日本語を自分で少し勉強していたらしく、質問に答えていた。にしても、文法的な事に関しては何も答える事が出来ない自分に気付き、少し凹む。まぁ、日本語と英語を比較するのが難しい、と云うのも在る。日本語だと、主語其の物よりも主語的役割を果たす述語の方が重要(だと想ってる、違うかも)なのに対し、英語は主語が無いと成り立たない。表現に於ける回路の違いと云うか、言語的に遠いのだから仕方ないのだろうが、其の二つを上手に説明する事が非常に難しいのだ。
“は”とか”が”を英語にすると“is”とか"are"とかの所謂"be動詞"(懐かしい響き!)になる(よね?)んだが、「これ"は"」と「これ"が"」だとニュアンスが異なる。日本人としては非常に判り易いのだが、ヨーロッパに於ける系統の言葉を使う人間からすれば、判りにくい点だったりもするらしい。んでまぁ、実際英語でそのニュアンスを説明しようとすると、自分で何を云っているのか判らなくなるのも事実。やっぱり、難しいんだなぁ、と想った。
時々「日本語は世界の中でも一番難しい」と云うのを聞く事もあるが、実際其の辺りに関しては比べられないよなぁ、と想った。漢字を使う中国人が日本語を学んだり、文法的に似ている韓国人が日本語を学べば、其れ程難しい言語でも無い様に想う。
ただ、言語の位置的に、様々な言語からかなり遠い位置に存在する言語である、と云う印象がある。太古の時代に於いても何処から来た言語なのか曖昧だし、中国から漢字を輸入して独自の形を形成し、近代、現代に於いても色々な国から単語を輸入して、それらを日常的に使っている。ひらがな、カタカナ、漢字、ローマ字と云った複数の種類を使って表現を行うのも独特だし、それが原因で言語的に学び難くなっているのも確かだろう。其れに加えて口語と文語で派生したかなり違う言語の形態もそうだし、敬語の複雑さもそうだ。実際には敬語、と云う形を持った言語は日本語以外でも在るが、謙譲、尊敬、丁寧と云った複雑さは在るのだろうか。その点については知らないが、それも難しい要因の一つだと想う。
何にせよ、この言語は人に教えるのが難しい。特にヨーロッパ系統の言語を話す人々にとっては、奇怪極まりない事だと想う。それを再度認識した。
それと同時に、一番好きな言語も日本語だと改めて認識する。
文章や言葉として、此処まで表情を与えることの出来る言語は、早々見付からないと想う訳だ。当然、英語でも文章に於ける表現の使い分けに因って、表情を与えたりする事は可能だ、と云うか、それが出来ない言語は無いと想う。然し、日本語に於ける美しさとは、単純に意味を語る以上の部分に存在すると想う。漢字と云う、世界で一つの表意文字(だった筈、違ったら教えて下さい)を自由に使えると云う点も大きいのかも知れない。口語、文語、敬語、漢字、外来語、若者言葉、オノマトペ(擬音語)の多様さ。そう云った複雑な形態を持って居るからこそ、複雑な表情を与えることが出来る。無論、複雑である事が好い事だとは云わない。ただ、表現に於ける可能性の広がりが、他の言語とは異なると、そう感じるのだ。
まぁ、何にせよ直感的な判断に他ならないので、実際には他の言語に於いても表情を与える事が可能なのかも知れないが、其処までの知識は有していないので、今の所はこの考えで納得していると、此処に記しておく。
何処の国でも、誰しもが云う「自国の言葉が一番難しい」と。