こんな夢を見た。
何処かの湖の上で、色々な人達と一緒に小さなボートに乗っている。皆が楽しそうにボートから飛び降りて、湖に這入って行った。其れを追うようにして、僕も飛び込む。
皆で一緒に泳いで、岸の方へと向かう。そして岸に着いたのだが、僕はまたボートの方へと戻って行く。足にヒレが付いたかのように、スイスイと泳ぐ事が出来た。
ボートの近くで、二人の男性がまだ泳いでいる。潜水をして遊んでいるらしく、深くへと潜っていった。僕も彼らを追って、息を吸い込み潜る。
湖は深く、底は全く見えない。そして真っ暗なのだが、水が綺麗なのは分る。魚は一匹も居らず、遠くに、先程の二人が見える。僕はただ其れを追って行く。
気付くと、湖の底に有る洞穴へと着いていた。そしてその周囲だけ、妙に明るい。透明で鮮やかな水色をしていて、底の岩が光っている。壁の一部分、下の方を見てみると、小さな光るクリスタルが有った。その奥には水晶玉のような物が有る。
どうやら、その小さなクリスタルから出た光が、水晶玉を通して、辺りを照らしているらしい。よくよく見てみると、透明な何かに阻まれて、床一面にはクリスタルが有った。だがそれらは光っておらず、光っているのは先程の一つだけらしい。
クリスタルの輝きは、本当に美しかった。柔らかでありながら鮮やかで、透明な、透き通った水色だった。
その後本当はもう少し続くのだが、世界観が変わっているので、恐らく別の夢だろうと想う。続きはゲームのような世界だったのだが、恐らくこの時に見ていたアニメか何かが影響したのだろう。
さて、日記。
朝、九時半頃に起き、見た夢のノートを取る。その後準備をして街へ。
ぶらぶらと歩いて、昨日訪れたCenter for Contemporary Artsを再度訪れたのだが、「Close to Public」となっていて這入れなかった。マジでか…、等と想いながら、仕方ないのですぐ近くのThe Glasgow School of Artへと向かう。入口が判りにくくて、と云うか複数あって困った。どうやら建物自体特色の有る場所らしく、ツアーが行われていたらしいのだが、そんな事は露知らず、特別展だけを見る。
其の時の特別展は「浮世絵」。おうおう、スコットランドまで来て浮世絵の展示を見る日本人て、何だそれ。等と想いながらも見る。とは云え、百年以上前から現代に於いてまで、西洋の芸術に多大なる影響を与え、ジャポニズムと云う”ism”にすらなってしまう文化。なんだか凄いなぁ、と想った。
個人的には日本の芸術に影響を受けた作品は非常に好みだ。やはり根本的な部分における好みとして、日本的な何かを感じるのかも知れない。特に油絵に於いて、その好みは顕著となる。
美術展を見た後、街の中心部へと歩いて行く。電源から直接iPod Touchを充電出来るようにしたかったので、USBのアダプターを探していたのだが、なんだかこっちだと異様に高い。日本だと普通に500円程度で売っているのに、こっちだと普通に£30とか£40とかするのは何故?
何にせよそんな高い金を出してまで欲しい物ではないので、何とか安い店を見つけ出そうと街を歩き回る。
そして最終的に、パーツの類が売っているような、日本で言う所のドスパラみたいなのが見つかった。ドスパラて!まぁどうでもいいが£10程度で購入。しかも無駄にUSBポート二つ、尚且つUSBから給電しつつ、ノートPCにも繋げる!みたいな奴。
ついさっきまで「日本の芸術に影響を受けた…」とか書いてた人間が即刻書く文章じゃないな。まぁいい。進む。
街の中心部近くにGoMA、Gallery of Modern Artが有ったので這入る。
一階部分の展示が非常に良かったが、撮影禁止の為写真は無い。更新時に憶えていればネットから画像でも拾ってこようと想うが、憶えているかどうか。
William MacCane / Conflict, 1922
色、映り込む影、白み行く。
Andrew Bick / Shared faded moment, 1998
朝靄か、夕暮れの中に描かれる曖昧な世界。淡い色に、霞んだライン。重なるようにして手前に現れる。
Victoria Morton / Compartments for Lsis, 2007
包み込まれた有機的な空間の中、壁は蠢き彼女を映す。色の流れが塊となって、押し寄せる。
John Schueler / The Search : Black Shadow Blues IV, 1981
穏やかな日暮れの青。丸みを帯びた光。伸びる影。空は何処までも突き抜ける。
Jonh Houston / October Sunset, 1973
燃える紅、赤、オレンジ、黄色。世界と海を太陽は燃やす。低くて重い雲が空を隠す。微かな青。世界の消え入る縁の時。
幾つか言葉が気に入ったのでメモ。
“Colour is like a scent. It is incredible, like a chord struck on a harp in the darkness. The colours must sing together, very much like notes in music. A mingling of wavelengths in light or in sound. If a work is to be of any value it must convey something which transcends material.”
Alan Davie
「色は匂いの様なものだ。まるで暗闇でハープが和音を奏でる様に素晴らしい。音楽の中に於ける音符の様に、色もまた共に奏でる(共に歌う)必要がある。光としての波長の混和か、音としての波長の混和だ。もし作品が何かしら価値を有するなら、物質の範囲を超えて何かを伝えなくてはならない。」
"If a work is to be of any value"って、何て訳せば好いんだ?こういう時に文法的な知識が無いと困る。「何かしら価値を有したいなら」だろうか?英語力の無さが悔やまれると居うか、ちゃんと勉強しとけばよかった。
もう一つ。
"For me nature is not landscape, but the dynamism of visual forces – an event rather than an appearence – these forces can only be tackled by treating colour and form as ultimate identities, freeing them from all descriptive or functional roles"
Bridget Riley
「私に取って自然とは風景(地形)ではない。それらは視覚化された力の躍動―表れよりも事象(表面化した姿よりも出来事、イベント)―であり、それらの力を扱うには、色と形とを究極的、根源的な個の存在として扱い、説明、記述的な事柄や、機能的な役割から解放する事が必要になる。」
こういう文章は特に和訳するのが難しい気がする。何しろ感覚的、精神的な部分を語っているので、彼らにとっての"Landscape"は「風景」とはならないし、"Sing"は「歌う」とならないからだ。"Landscape"は"Landscape"だし、"Sing"は"Sing"だ。言語に於いて其々の単語が持つ意味は、翻訳不可能だと想う。其々の単語に於いて各文化の受け入れ方があるし、使われ方がある。翻訳は、あくまでも意味を変化、変質させた上で、文化の異なる人間に対して「伝える」方法でしか無い。そしてそれではクオリアは伝わり難い、いや、伝わらないかも知れない。
芸術は、いや人間はだからこそ面白いのだと想う。互いに異なる環境を持ち、その上で育まれた文化による五感(若しくは其れに基づく上位の感性)と技術とをもって、自己や社会、世界を表現する。そして世界が広がった時、その芸術は交わる。新しい影響、技術、感覚をもって、芸術は変わり続け、人々と世界の変移を真摯に見つめる。
言語的なクオリアから話を広げ過ぎかも知れないが、芸術に於いて重要な点は「理解、模倣、変化、発展」と云った部分であり、その可能性は、真の意味で無限大なのだと想う。
すべての人間が分かり合える日は、絶対に来ない。いや、来てはならない。何しろすべてが分かり合ってしまった時には、文化は終焉を遂げるだろうからだ。
精神的、知性的な独自性を持ち、常にユニークであり続ける世界が、僕にとっては理想的だ。倫理的、道徳的な観点から社会、人を語るのは楽だが、根本的な真実を追及する意味では、それらは全く役に立たない。
異なる事や、変わる事を排除してはならない。文化的な多様性は同時に生物的な多様性であり、自然の淘汰に基づく世界だ。物事は流れ続け、変わり続ける。仏教は知らないが、諸行無常とはそういう事なのかも知れない。
上手に言語化出来ないのが悔しい。これらの感覚は、自分が個として感覚を捉え、脳や知覚に蓄積された経験に基づく意見であって、全くもって正しくない。だが同時に「現時点での自分」にとっては、これらは正しい。
自分の伝えたい事が上手に伝えられる人間が羨ましい。次へ進む。
一階部分の展示を見終えた後、上階へと進む。
展示スペースの一部。
ガラスが綺麗だった。
幼児が描いたアート。
右上部分拡大。男の子が居る、ように見える。
ガラス張りのエレベーター。キラキラとした加工が施されている。
上階部分の展示は、確かBBCか何かの特別展と、ゲイやレズ、バイセクシャルに関連したアートだった。性別的な事柄に関する事も書きたいが、其れをするとあまりにも長くなるので、次の機会にする。
Michael Chateau / Internal Future, 1991
BBC特別展内の作品だったように想う。水彩画。
すべての展示を見終えて、外へ。一階部分の展示が特に好く、満足だった。
ふらふらと街を歩き続け、気付くと教会に着いていた。
然しこの時点で既に夕方。恐らく十七時半頃だ。教会は閉まっていた。
教会から少し歩いた処に大きな墓地が有った。
中々立派な墓が多かった。丘を登る。
街よりも少し高い。街の景色が夜景へと変わっていく。
低い空、雲が延々と地の果てまで続く。スコットランドだ。
日も完全に落ちたところで、ホステルまで歩いて戻る。
ホステルではパスタを食べ、夜はゲームでもして遊んでいたらしい。